うちのにっきちょう

何処へ行く?


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ようこそわーい(嬉しい顔)
・・・
あなたにとって、なにか閃く処があれば幸いです

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2019年03月08日

称えられる FYYの話し21

ところが、提げられた紙がペラペラと、しかも小さく、
前に台車を置かれると隠れてしまい、直ぐ横にあるランク下の茶色箱の方が
高く積まれているものだから、埋もれた形となっている。

そこへ、あちらから順番に玉を返しては品定め勤しむ、おばちゃんの一団に遇っては、
格好の掘り出し物となった訳だ。

おばちゃん達と入れ替わる様にトイレへ向かったのだが、戻ってみると、
ちょうど誰かが台車を持ち去った。

すると現れた不馴れな文字が訴えるペラペラは、
一団の嵐が去った傷跡も空しく、ランク下よりも見栄えの悪い見本と成っていた。

しかし嵐を免れた化箱の中身が、蓋の無い茶箱より良いものなのかは、
実際の処、判らない。品定めもそこそこにして送り状を書き、
出荷場を後にした。


長芋にせよ柿にせよ、今やスーパーへ出向けば幾らでも売っているのに、
送料千数百円をかけてお互いに送リ合うのは何だろう。

これに関しては以前、スーパーで見つけた北海道産の長芋
と云うものを求めてみたのだが、やはり一味違うと思えたので、早速、
掛かって来た電話で、その長芋の講釈を言上申し上げたら、
柿も直接送られて来るものは違うと称(たた)えられた。

こちらの夏は蒸し暑くてエアコンから熱風が吹き出すと言えば、
こちらの寒さときたら一日で26時間は雪が降ると語り、相変わらずだ。
つまりは、こんな話を種にでもして、安否を確かめる。


遍路寺の方はと言えば、昨日に郷土芸能の踊りが広場で披露されたらしい。
もみじ祭りの幟(のぼり)が酣(たけなわ)を告げる半面、参道はこれからと言った処。

仁王門を潜り境内に入って暫(しばら)くは、
灯籠(とうろう)と石畳を跨ぐ程の楓(かえで)も、未だその時を待っている。





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カテゴリー:FYY21〜30
エントリー:称えられる FYYの話し21
2019年03月10日

高低さ FYYの話し22

その雰囲気は、堂宇(どうう)が垣間見られる辺りからだ。

手向けられたかの様な木々の緑に、赤や黄色がクッキリと混在し、或いは、
移ろう様に色葉を並べ出す一本が在り、その先には本堂の石段が迫って来た。

しかし、巡礼の古刹とは何故この様な山腹を好んで建立したものか。

「運動不足だな」。
・・・。

昨今、この御手洗(みたらし)前の香炉から石段を見上げて、
立ち止まる輩(はい)と思しき人々は、
誰もが後ろを振り返り、辿り来た道程を比べてこの先が胸突き八丁との思いがある。

にも拘(かかわ)らず、これを他所目(よそめ)に、
何喰わぬ顔で登り往く巡礼者の脚力を一般標準と捉えて、
意地を張った痩せ我慢の一歩を何喰わぬ素振りで踏み出す。

それこそ、もう三段あれば顎(あご)が出る処で、やれやれ、板敷きの舞台へ辿り着き、
そそくさと手を合わせて欄干(らんかん)際の縁台へ、
運良く腰を降ろした。

一息吐いて見下ろせば、たったこれだけの石段の高低差は、
縁台から望む辺りを見事に色付けて、
正に直ぐその先まで遠慮ぎみに迫る青々とした木立へ、
これを手本にせよと、言わんばかりの赤色黄色の貴(あて)やかさを
醸している。

ここに弱肉強食の殺伐を逃れて登り来た人々の性格は、
集い来たこの場所がそれを明らかにしている。
そんな落着きを覚える。

と、思いきや、
以前には〜スリ注意〜の御触れが在ったりして。

現に隣で腰掛ける御夫人の手提げの片腕が外れて物騒きわまりない。
御本人は、欄干からの黄光赤光に金銀瑠璃(こんごんるり)の極楽国土でも見たのか、
気も漫(そぞ)ろ。



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カテゴリー:FYY21〜30
エントリー:高低さ FYYの話し22
2019年03月12日

かいだんめぐり FYYの話し23

こんな人は早急に戒壇廻り(かいだんめぐり)でもして、
アイデンティティー(同一性)を確かめる必要が在る。
そうなのだ、自分が何者であるかと。

生き物であるので、其処に関る営みであったり、欲得の様(さま)など比べてみれば、
瞭然と眼の当りに在り、将(はた)とこれを改めて大自然へ眼を転じ、
その様を驚異とでも捉えて語れば、枚挙に暇が無いだろう。

夏は暑く冬は寒いし、黙っていても腹は減る。しかし詰まる処どうなんだろうと、
考え至る人間とは何者なのかと。

「お前が、戒壇廻りしてこい」。
そうか?。
「ああ」。

紅葉は車で山塊へ分け入り、車窓から見渡す程のパノラマを眺めるに限ると、
近年は名所景勝地へ出向いた時の、人の多さに辟易(へきえき)していた。

この様に落着いて、縁台から木々に見蕩(と)れる風情は、
意外と思い掛けないものだった。

ふと、世間が煩(わずら)わしい筈の厭世(えんせい)人の様な山懐の冷気が、
参拝者の途切れしなに御堂まで降りて来た。

そこで祈願成就や安寧が託された紫雲をやおら纏(まと)うと、
陽溜まりの縁台からそっと渡って、棚引く幾筋かを連れ立ち、紅葉の便りを携えて、
里の方へ様子を窺(うかが)いに降りて行った。

「街角の建築立体物から見上げる空には、面積を感じる。
 しかし山間木々の凹凸より垣間見られる空からは、
 △〜※♭ ・∞・・!、体積の様な色彩が得られるものだ・・」。
そ、そうかい。

「ああ」。
体積の様な色彩・・。何だ、そりゃ。

「嘗て高僧が唱えた、五蘊皆空(ごうんかいくう)、
存在すべては空(くう)、つまりカラってこと」。

むふ?。

「万物を推し量る上では、意識(心)によって当てはめた法則
 だけでは無く、その意識をも造り上げた法則があるのだ」。

提灯鮟鱇(ちょうちんあんこう)よ、何か悪い光り物でも喰ったのか。

・・・、基い。お食べになったんですか。



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カテゴリー:FYY21〜30
エントリー:かいだんめぐり FYYの話し23

” うちのにっきちょう ”へご訪問下さりありがとうございますわーい(嬉しい顔)
本文でも触れてます様に体調不良ですが何とか
ガンバッテますぅ。よろしくっ 喫茶店 うち

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