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2028年05月05日

主体の自覚 の つづき

 主体の自覚 の つづき


日本語(ヨーロッパ語派膠着コウチャク語)で
用いる漢字は文字そのものが

記号ではなく意味を含有し表層の
コミニュケーションツールとは異なる意図を試み
代表的な処で俗に お経 と謂う仏教の経典がある

この膨大な経典のエッセンスとして集成されたとされる
般若心経(ハンニャシンキョウ)は

しきりと ”無” の概念を説く

正法眼蔵(道元)の随聞記は餌を求めて現れた鹿を
酷く打叩き追い返す事で依存先の誤りを諭す

いずれも 「自らに求めること」を伝えようとする

しかし 少なくとも生物は
依存する事で成り立っている

死んではならない
何故なら生きている貴方も依存されているからだ
これは情緒的な話しではない

生命はシステムとして完璧に機能し
生物界が成り立っている

生きる事は目的ではないだろう

生きる事で理解出来ることがある筈で
その確信が誰にも在るのだ

この確信は生物(本能)に依存しているかは不明だ

「自らに求めること」がシステムに依存せず
システムを客観的に捉える可能性を試みる

システムを展開する本質(根本)の正体を
理解咀嚼(そしゃく)して応用出来ないかと

困難なのは、それが客体ではなく主体である
自らであるからだろうか

それは生物を越えた処へ後退し
存在そのものを視野に入れる事に
ならないだろうか

ここで、後退すると謂う表現は妥当だろうか

進化するとは新たなことに対応適応し
てゆくことだろうか

ならば、その為の対応能力が最初から
備わっているのではないか

その能力が条件により発現するのなら

うち(自分)にとって進化という尺度の捉え方は
基本的な雛形(ひながた)が条件によって
展開(発現)すると謂うことになるのだが

何かの事情条件により
その環境に退化適応している

しかし雛形が途方も無いもので
現在の我々のタイムスパンでは包容できない

解明できるシステムなりを開発出来ても
断片的に利用する事で何らかの方向が
見出されるに過ぎないだろうが

しかしそれが納得出来る事は重要だろう

ここにおいてその事を求める自らが
満足を得ようとするに過ぎないと謂う所見は

改めてあらゆる実現が可能性の主体である自らの
自覚に確信を持つ事になるだろうか

この展開する世界のプラットホームの自覚は
進化も退化も自在な ” 無 ” の理解かもしれない

む のりかい?

是ほど展開可能な主体であると自覚している時、
貴方や私が自らと認識していること自体
意味を成さず

その拘り(こだわり)すら選択が自由である事が
いかなる境地なのか

 =^^=

posted at 00:00
カテゴリー:ブレイクα
エントリー:主体の自覚 の つづき

” うちのにっきちょう ”へご訪問下さりありがとうございますわーい(嬉しい顔)
本文でも触れてます様に体調不良ですが何とか
ガンバッテますぅ。よろしくっ 喫茶店 うち

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